浅草HUB: http://www.pub-hub.com/hub_asakusa/
次回ライブは11月14日(日曜)浅草HUBです。是非お越しください!
+ 今年も新宿TRADジャズフェスに出演します: 11月13日(土曜)~14日(日曜)
(http://www.jazz-nagaya.com/jazzfes.html *ビデオ3:20位から野良演奏が入ってますよ!)
Coquin de Boubou
1956年、パリで幸せな晩年を謳歌していたベシェがフランスのコメディ映画”Ah! quelle equipe”のために用意した曲。表題は「ボーボの悪党」という意味。陽気で底抜けに明るいこの曲を、ベシェは晩年のライブで頻繁に使用した。Andre Reweliotty (Cl)率いるバンドとの録音はドタバタの拙い演奏だが、それもまたこの曲には良くあっている。
Blues in the Air
1941年秋のニューヨーク、名手Vic Dickensonとのコンビで再結成したNew Orleans Feetwarmersによるスタジオ録音のためにベシェが用意した曲。以後何度も録音したベシェの代名詞。風の囁きのような軽いピアノのイントロに続き、大河のように重くゆったりと流れるメロディ、そのうえに突如悲しげな旋律が乗り、やがてブルースの合間をベシェの美しいソプラノサックスが縫うように展開する、シドニー・ベシェの真骨頂が味わえる名曲。
Dans les rues d’Antibes (In the streets of Antibes)
シドニーベシェが晩年の1951年、自分の結婚式のために特別に作った曲。フランス南部コートダジュールの町アンティーブの通りを400人を超える招待客を含め大勢の人々が埋め尽くし、10以上のブラスバンドが演奏してパレードする中、騎馬隊に先導され幸せそうなベシェ夫妻が馬車で練りまわる映像が残っている。尚、この際に結婚した相手(Elisabeth Ziegler)はベシェが1928年ドイツ滞在時に婚約した相手であったという。
Mon homme (My man)
1910年代にフランスで作曲され、フランス人歌手Mistinguetteが持ち歌として広める。1920年代にアメリカに輸入され、後1940年代にBillie HolidayがMy Manとしてレコーディングし大ヒットとなるが、同時に曲調をがらっと変えてしまった。1950年代、ベシェの演奏するMon hommeをパリのクラブで聴いた晩年のMistinguitteは一人涙を流した、と彼女の自伝には書かれている。
One hundred years from today
Photo: New Orleans (Oct. 2009)
T. Kitanaka (ss) & T. Shimizu (bj) – rec. Nov. 2009
Sleepytime down south
Recorded Nov 2009 – T. Kitanaka (ss) & K. Ono (pf)
(Photo: Breda Jazz Festival)